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zoom RSS 中国「抗日戦争勝利70周年」軍事パレードはすばらしい青空の下で行われたが…

<<   作成日時 : 2015/09/04 21:42   >>

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 何だか時代錯誤の軍事パレードにも思えるが、習近平にとっては今一番の大事な儀式であり、大成功に終わったようだ。

日本の左翼連中も皆さん大喜びのことであろう。日本に向けられるかもしれないミサイルや戦車、一糸乱れない軍人の行進を見て感激も極まったのではないか。TBSその他の関係者も「祖国中華人民共和国万歳!」と思わず叫んだことだろう。国会前のデモも、本当なら赤い五星紅旗を打ち振りたかったに違いない。

恥しらず日本人の代表として、村山元総理が参加しようとしたが、日本の神が許さなかったのか、病気になって参加できず。本当にご苦労なことであった。もう素晴らしい祖国の地を踏んだのだから、もう帰ってこないで下さい。

しかし、不思議なくらいの澄み切った青空。軍事パレードを嫌がうえにも盛り上げたが、1万以上の工場に操業停止や減産を指示した効果だとのこと。私には、すごい空まで青く書割りのように作り上げたのかと感心した。

 この軍事パレードの目的は、当然世界に対する示威活動であるが、それにも増して国内向けの要素が大きい。
中国専門家宮崎正弘氏は「予測された国賓より、もっとも注目されたのは江沢民がよたよたと現れ、習近平の隣に並んだことだった。これには驚いた人が多い。対立しているとされた胡錦涛も雛壇に登場し、病気欠席が予測された李鵬もでてきた。この長老たちの勢揃いこそ、中国共産党が一番みせたかった演出ではないのか。すなわち血みどろの権力闘争は、いったん休戦状態にある、という宣伝効果が得られるからだ。」と述べている。
私からすると「休戦状態にある」というより、習近平の力の誇示、江沢民一派も胡錦涛一派も抑えきっているという余裕を示したのではないか。

 そもそも軍事力の誇示、つまり物理的強制力が前面に出てくるのは、政治学的にいえば、政治の弱さ、未熟の表れであり、政治が進化すればするほど物理的強制力は後景に退き、国民自らが支え、政治を行っているという擬制が施されなければ、支配が真に完成したものにならない。そういう意味において、中国の政治力は見掛けの強さに関わらず、むしろ弱体化しているのである。
それは、経済成長の悪化、不動産バブルの崩壊、上海株式暴落、人民元切り下げ、天津大爆発、環境汚染、各地の暴動頻発等々何もかもが全く手詰まり状態のなかで、中国共産党の正統性が大きく問われる事態であることを、習近平は痛いほどよく知っているのである。

 だから、これまで軍事パレードをやっていた10月1日の国慶節の日ではなく、わざわざ抗日戦争勝利の日という、世界ではインチキあるという明々白々のことにも知らん顔して押し通したのである。抗日戦争を戦った主体は国民党であり、中国共産党には、「勝利」をいう合法性がないとうことは自明のことであるにも関わらずだ。

 つまり、この軍事パレードは強さではなく、弱さの象徴。強がりの象徴だ。ネコが敵に遭遇したとき、肩をいからして姿を大きく見せようとする仕草と同じことだ。

 そしてあの青空が今の中国を象徴しているのではないか。別に習近平の心か澄み切っているなんて血迷ったことを言いたいのではない。あの青空は、自然現象であるにも関わらず、人工的なものだ。工場に操業停止や減産そして自動車運行の制御によって成り立っている。だから、パレードが終わった今日の北京はまたいつものスモッグで一杯になったとのこと。

 今の中国の「力」(経済力、金融、株価等々)は全部人工的なものだ。全く身についていない。だから、それらは結局は崩壊する運命なのだ。不動産バブル、株価バブルなぞは典型的なものだ。それらは強さを全く表していない。
強さは、自由から、歴史から、自然から、草の根から、しなやかさから、人々の協力から生れ出てくるものだ。中国にはこれらの要素が一切ない。全ては借り物、張りぼて、命令、強欲からだ。人工的なものはいつか壊れてしまう。あの青空がすぐにスモッグの空に戻ってしまうように。
 本当の強さを持つ国は、日本だ。ロシアのプーチンが日本と関係を良くしたいと思っているのは、日本からこれらのものを学びたいと思っているからだ。

日本も新国立競技場問題、エンブレム問題をみれば、無責任体制極まれりとの感を覚えるが、そんなことは日本の強さからみれば、些末なことだ。日本の強さはそういうレベルの問題ではないのだ。

 問題があるとすれば、日本の強さを貶めようとする反日左翼の存在と日本の良さを根底から否定しつくそうとする新自由主義者たちの存在だ。

 だから中国は遠からず滅びるが、日本はそうはならない、と思いたいが、安保法制反対の動きを見ていると、余りのバカさ加減に少し弱気の気持ちも出てくるのである。

(参考に)「岩田温の備忘録」より。
村山元総理の異常行動

 どうしても違和感を覚えざるを得ない。村山富市元総理の行動だ。
彼は、中国が国を挙げておこなう大規模な軍事パレードに三度も出席している。建国50周年、建国60周年の式典、そして、今回の「抗日戦争」70周年の戦勝を祝した軍事パレードだ。

 そもそも徹底した平和主義を唱え、その政治活動の大半を「非武装中立」主義で過してきた社会党の老政治家が、軍隊の行う軍事パレードに出席すること自体が、自身の政治信念に反しているだろう。それとも、彼は、日本に軍隊は不要だが、中国には必要だと考え続けてきたのだろうか? 
百歩譲って、建国を祝う式典に出席するのは理解できるとしても、「抗日戦争」の勝利を祝う式典に出席するのは、如何なものか。
(中略)
 日本国民としては、敗戦の事実を受け止めながらも、敗戦を悔やむ日ということになるはずだ。だが、この元総理は、日本の敗戦を祝すというのだから、これは、異常な行動だろう。いったい、この人はどちらの国家を大切にしているのか。
 70年前、多くの日本の若者が祖 国を守るために、悲壮な覚悟を定めながら散っていった。忘れてはならないし、二度と繰り返してもならないだろう。
 私には、抗日戦争の勝利を祝するという行為そのものが、日本のために亡くなった方々を嘲笑うような行為であるとしか思えない。こんな人物が総理大臣をしていたという事実ほど、驚くべき事実はないだろう。」
(引用終り)

 村山の祖国は中国にあり、日本は敵国。だから岩田氏が指摘する「彼は、日本に軍隊は不要だが、中国には必要だと考え続けてきた」ということが一番正鵠を得ているだろう。
 だから、村山談話とは、中国へのお返しであり、祖国への恩返しなのである。こんなトンデモジジイを後生大事に持ち上げる左翼連中は、みな同罪なのである。




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