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zoom RSS 私の造語である「想像の左翼共同体」とは何か

<<   作成日時 : 2014/06/25 22:16   >>

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 今日本社会の中心勢力は左翼(平和主義者、人権推進派、反原発派、中・韓支持派等諸々の傾向をひっくるめて左翼と呼んでみる)であろう。政治的には圧倒的に自民党優位でも表面に表れた思想・言語の実質的な支配者は左翼であろう。それは左翼的な言語空間が大手を振って歩き、それに反する言論は公(マスコミや言論界等)には片隅に追いやられる。昔日の勢力を失い、質の低下が顕著な朝日・毎日も表向きは、政治的思想的言語空間を牛耳っているように思われる。

 それは、各界各層そして主婦老人に至るまで左翼思想が草の根のごとく繋がり厳然とした力を有しているのだ。反原発、特定秘密保護法、憲法改正、集団的自衛権等左翼が団結しやすいテーマが選ばれた途端に、緩い紐帯が俄然強さと団結力を発揮する。これらの力は保守派にはないものだ。チャンネル桜も頑張っているが、左翼の強い紐帯には及ばない。見も知らぬ人々なのにありうる強い紐帯。なぜ左翼はこれほど強いのか。

 社会党は壊滅し、民主党の体たらくさは政権を取ったばっかりに、あらわになってしまったため、こういう政治勢力が左翼連中を指導しているはずはない。左翼マスコミもしかりであろう。では、なぜ左翼はこれほど強いのか。それは、ベネディクト・アンダーソンのいう「想像の共同体」という概念にヒントがあるのではないか。

ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」とは何か。松岡正剛の千夜千冊で以下のように言及している。
「…実は「国民」というのは社会的あるいは政治的な実体なのではなくて、ひょっとすると「イメージとして心に描かれた何か」が漠然と凝集したというもの、すなわち「想像の政治的共同体」(imagined political communities)なのではないかというふうに、(アンダーソンは)見方を大幅に切り替えたのだった。この切り替えがその後、「想像の共同体」としてネーションやナショナリズムを考えてみるというブームを引き起こしたのである。
…アンダーソンはナショナリズムだけではなく、すべての共同体の本質は「想像の共同体」の性質をもっているとも見たということである。」

もうひとつ。以下はベネディクト・アンダーソン『増補 想像の共同体』(NTT出版)のwebでの紹介の一部である。
「アンダーソン教授によると、「国民国家」というのはひとつの作り物であり、その起源は「国語」の書物が印刷されて広く普及し、ひとつの地域の共通・共有のきずなとされることにはじまる。
また、「国家」の首都におかれた大学に、各地方の神童たちがあつまる。九州出身だろうが北海道出身だろうが、「日本人だから」という共通性でそこにくる。そこで、日本という「国民国家」を想いえがきはじめる。かれらは役人になって、九州出身というアイデンティティを超え、国内をあちこち転勤して歩く。そうした経験によって、さらに「国家」を意識していく。それはさながら、メッカに集まることで、出身地の差をこえて宗教的紐帯感をもつイスラム教徒の「巡礼」のようなものだという。つまり、「国民国家」とは自明の、自然な、歴史的に普遍なものなどではなく、「国語」を意識したり「巡礼」したりしているうちに想像でつくられる、一種の虚構なのだと。」

 この二つの解説からいろいろなことがわかる。
「「…実は「国民」というのは社会的あるいは政治的な実体なのではなくて、ひょっとすると「イメージとして心に描かれた何か」が漠然と凝集したというもの、すなわち「想像の政治的共同体」(imagined political communities)なのではないか。」
 この「国民」という言葉に「左翼」を当てはめて読んでみたらどうなるか。つまり左翼が理想とする「平和」「命」「人権」等々を「「イメージとして心に描かれた何か」が漠然と凝集したというもの」つまり「想像の左翼共同体」なのではないか。見も知らぬ人々が左翼の理想を勝ち取るために想像上で手を握り合うという姿。

「…「日本人だから」という共通性でそこにくる。そこで、日本という「国民国家」を想いえがきはじめる。」という言葉は以下のように書き換えられる。
「「理想を求めている人だから」という共通性でそこにくる。そこで、左翼という「戦う共同体」を想いえがきはじめる。」と。

 つまり特別な政治的リーダーが存在しなくても、「想像の左翼共同体」の一員であるという強い信念があれば、大きく強く動き出すのである。

 私がいいたいのは、現在の左翼の政治的退潮は、必ずしも保守の優勢を意味しないということだ。だから、従軍慰安婦問題一つとっても、真実が勝つことができないのはそういう「想像の左翼共同体」の強固さの一つの証明だといえるのである。なぜこんな「想像の左翼共同体」が出来上がったのかも明らかにしておかなければならないだろう。

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