テロには屈しない!じゃぁなかったの?

「埼玉県朝霞市役所によると3日未明、「明日の午後3時に市役所を爆破する」という内容のメールが届いたという。警察などが市役所内を調べた結果、不審物は見つからなかったが、朝霞市では4日午後2時半から午後3時半にかけて、市役所や公民館・学校など96の全ての公共施設を一時閉鎖し、約1万7000人が避難した。」(ニュース)

 朝のニュースでやってました。先日は足立区役所でも同様なことがあったとか。朝霞市役所ではぞろぞろと近所の公園に避難し、市役所前バス停にはバスも素通りしたそうだけど、見ていてアホじゃなかろうか、と思ってしまいました。イラクじゃあるまいし、日本での爆破予告なんて99.999…%イタズラだろう。それでも0.0000…001%の可能性があるなら、大騒ぎしないといけないようです。

 そこで私は想像した。そうか東京いや日本全部の行政機能をマヒさせることが簡単にできるのだと。たった一本のメール、見つかりたくなければ82×n円使っての脅迫手紙だけでいい。全国の行政をマヒさせられる。こんなにも簡単に!すごいぜ!
 そのとき、全ての役所が朝霞市役所の行動を取るのか、それとも一笑に付して無視するのか、日本の役所は恐らく頭を抱えるに違いない。

 では、どう考えたらいいのか。
 以前別ブログの「なるほどメモ48」で「可能性と蓋然性のちがい」について書いたことがある。もう一度引用してみよう。

「(注) 蓋然性 ある事柄が起こる確実性やある事柄が真実として認められる確実性の度合い。これを数量化したものが確率

「ここで可能性と蓋然性を区別しておかなければならない。可能性はpossibility、蓋然性はprobabilityである。この区別が重要なのは、「可能性がある」とか「可能性は否定できない」とかいう言い方が、詭弁によく用いられるからだ。 たとえ0.1%でも可能性があれば、「可能性がある」と言えるからで、「UFOなどというものは存在しない」ということは、さすがに宇宙の隅々まで調べ尽くしたわけではないから、可能性がない、と言い切るのは難しい。
しかしあるテーゼの有効性は、蓋然性の高さをもって計るべきもので、「可能性は否定できない」けれど「蓋然性が極めて低い」なら、それはまず「ない」とするのが学問の約束事であって、だから「可能性は否定できない」などという者がいたら、注意が必要である。」(小谷野敦「評論家入門」(平凡社新書)より)

「「可能性は否定できない」とかいう言い方が、詭弁によく用いられるからだ」という言葉にハタと閃いたのは、先の特定秘密保護法案反対派のほとんど妄想(「原発や米軍基地の写真をインターネットで公開して逮捕される!」)というべき反対理由でした。なんだって「可能性は否定できない」んだから、何とでもいえる。でも、「蓋然性が極めて低い」なんて絶対いわない。
 子どもの口げんかならまだしも、大人の世界では可能性と蓋然性の区別ぐらいはちゃんとしなくちゃ、ということと、そういう言い方をする人には注意せよ、と小谷野さんは分かり易く教えてくれました。」(引用終わり)

 どうだろう。爆破される可能性は確かにある。しかし、爆破予告の状況を種々想定して、蓋然性が圧倒的に低いなら、「テロに屈せず」、業務は平常通りするべきなのである。
 ネットその他で大いに批判がなされるだろう。しかし、それを気にして職員を避難させるとするなら、それは職員や市民のことを思ってではなく、単に責任を逃れたいという役人根性にすぎない。

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