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zoom RSS SEALDsとかいう胡散臭い組織が持てはやされているらしい

<<   作成日時 : 2015/07/26 22:07   >>

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 安保論議以降、横文字組織が流行っているらしい。SEALDsとかなんとか。地方にはSEALDs_KANSAIなんていうのも。
 ロックバンドの名前か謀略組織の名前か、横文字にするといろいろ効用があるらしい。ハイカラ、オシャレ、新味、草の根、若さなどのイメージ効果。といっても、もう共産党系組織のフロント組織(暴力団におけるフロント企業のようなものか)であることはバレバレだけど、「そんなの関係ない」とばかりに、北朝鮮か昔のオウム張りの宣伝活動だ。
 北朝鮮の真似は、美人女性軍団を前面に押し出していること。韓国でのスポーツ大会で北朝鮮の美女軍団の応援は有名で皆イチコロなんだけど、SEALDsもその手法を使っているらしい。昨日の「農と島のありんくりん」では、SEALDsのデモの写真に以下の説明を付している。

「写真 SEALDsのデモ。ね、可愛い女の子ばかりをフロントに出しているでしょう。大学も明学、青学などのミッション系を中心にしているように見せかけて、いわゆる学生運動の老舗のワセダ、ホーセイなどをはずしている巧みさ。うまいねぇ。これにマスコミはコロっといきました。」

 評論家石井孝明氏は「異様な安保法制反対デモ、笑劇の現場」若者代表SEALDs」の正体(2015年07月18日)と題して以下のように述べる。
「…このSEALDsと称する学生団体は主宰者が不明だ。メディアに出た名前を検索すると、共産党系の学生団体の民青の活動家、共産党地方議員の子弟の名前が簡単にひっかかった。私は3人確認した。活動家たちは、最近は名前を出さないようになった。
 SEALDsは、おそらく共産党の戦略として、かっこいい名前をつけて中立色を強め、18才への選挙権拡大をにらみ、この騒動をきっかけに若者を取り込もうという意図の、大衆運動なのだろう。何も知らないで集まった若者を、オルグ(組織に引き込む)するのかもしれない。」

 日本の新聞、テレビは、こうした団体を「若者代表」と扱い朝日新聞天声人語は、「国会正門前の熱気はただごとではなく、一昨日の午後7時半。安保関連法案に反対する大規模な抗議行動が始まった。催したのは都内の大学生らによる「SEALDs」だ。日本語では「自由と民主主義SEALDs」。会場の歩道を埋め尽くす顔には高齢者も子連れの家族も。「若者がんばれじゃなくて、全世代で集まれよ!」。彼らの呼びかけ通りの壮観である。」
 と若者の団体とデモを礼賛する。党か組合の機関紙と見まがう如くに。

 効果が大いに上がり、恐らく無邪気に信じて活動に参加する若者たちを思うと、何だか脱力感を覚えてしまう。今回の戦争法案反対運動ってのは、格差社会反対運動などとちがって、全く観念的な、空想的な、お伽話的な、ままごと的な思い込みから成り立っており、砂上の楼閣よりももっと根拠のない簡単に崩れてしまう上っ調子な一瞬のお祭り騒ぎなのに、そして後ろには腹黒い大人たちが控えているというのに、純粋といってもそれは何も考えていない証拠なんですが、そういう若者を食い物にしようとする左翼たちの餌食になる人々が少なからず想定できることにです。

 昨日、ちょっと古い本ですが、作家倉橋由美子「わたしのなかのかれへ」というエッセイを読みました。「組織的人間の恐怖」という題の短い小説のようなエッセイのようなものです。作家Ⅼ(おそらく倉橋氏)と雑誌編集者Sの会話です。

「…Ⅼは鞄からまだ読んでいない一冊の本を取り出した。それは王杰(けつ)という(中国の)少年の日記で、ある大学生が熱心にⅬに一読をすすめて、貸してくれたものだった。
「ああ、これは例の12人の仲間を救うために自ら地雷のうえに身を伏せて爆死した中共少年兵の日記ですね。」とSは言った。
「それはすごいですね」といいながらⅬはページをめくってみた。党の命令なら私は何でもする…私は何でも毛主席のいう通りにする…もし党と大衆から離れれば、一時も生きてはいけない…といった文章が眼にとまり、Ⅼは感嘆のあまり叫んだ。
「すごいわ!こんな細胞的人間がいるなんて!」
「七億もいますよ」
「七億!とにかく中共って、こんな細胞が七億も集まってうごめいている巨大な一匹の生きものなんですね。異物や外敵が侵入すると、細胞は全有機体のため死骸を築いてこれを食い止めるというわけなんですね。」
「細胞ではなくて人民でしょう」とSが注意した。
「人民?するとこれもやっぱり人間の一種ですか?」またしてもⅬは意表をつかれた形だった。
(中略)
でも細胞はやっぱり人間じゃないんだわ、とⅬはこだわり、細胞とはつまりバクテリアのようなものだと気がついたとたんに恐怖に襲われた。」
 
 50年ほど前に書かれた文だから、中国の人口は7億と書かれているが、今や二倍の14億になんなんとしているから、時代の古さを感じさせる。が、左翼的な雑誌編集者Sは今の時代にも生き残って同じようなことを呟いているかもしれない。こんな細胞的人間、つまりSEALDsの若者たちのことだが、彼らを「細胞ではなくて人民でしょう」と

 倉橋由美子氏の「細胞はやっぱり人間じゃないんだわ」という慧眼は今のSEALDsに十分当てはまる。

 この文には続きがある。
「…細胞とはつまりバクテリアのようなものだと気がついたとたんに恐怖に襲われた。というのは近年スピロヘータ・パリダ-これは原虫であるが-の人体への侵入によって恐るべき病気が蔓延しているのと平行して、中共人民と同型の細胞が特に、若者と呼ばれる人間の体内に侵入し、歌って踊って恋をして、という潜伏期を経て、ついには、党の命令なら私は何でもする、と公言するような細胞的人間に変貌させつつある、という記事をなにかの本で読んだからである。
 いったん感染した人間はミンセイとよばれ、かれ自身誇り高い病原菌となって他の人間に感染することができるといわれている。いまやニッポン国はミンセイだらけだ
 ひょっとすると、と思ってⅬはSをみた。Sものっぺりとしたバクテリアじみた顔でⅬを見返していた。」

 綾小路きみまろではないが、あれから50年、それだけ経ってもミンセイは「若者と呼ばれる人間の体内に侵入し、歌って踊って恋をして、という潜伏期を経て、ついには、党の命令なら私は何でもする、と公言するような細胞的人間に変貌させ」るように頑張っているのだなあと。

 昔と今の違いは、横文字というオシャレな衣装をまとったにすぎないのだ。だって、「自ら地雷のうえに身を伏せて爆死した中共少年兵の日記」じゃ、スマホにうつつを抜かす若者の共感なんぞ呼ばないからね。


(追加)
 作家倉橋由美子「わたしのなかのかれへ」というエッセイのなかに、もう一つSEALDs向けの言葉が書かれていたのを忘れていました。

「安保時代の青春」から
 …元来「青春」というものは個人的なもので、それは恋をしたり恋を失ったり、夢中で勉強したり死を考えたりするのに忙しい時期なのですから、この「青春」をアンポなどという風に巻き込まれて過ごすのはまことにもったいない話でありましょう。…自分の「青春」をアンポにかけて悔いはない、などと言っている人間は、よほどおめでたいか空疎であるか、さもなければプロの政治家として自分の内面を抹殺してそういう発言をしているかのいずれかであると思われます。
(中略)
 学生運動にはすでにみたような社会的意義はあるにしても、これに参加することで、個人の内部の貧寒とした空疎さを埋め合わすことはできません。わたしは、他人とつながって、あるいは衆をなして、何かをする以外に生きることを知らないような人間を信用しないことにしています。」

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